お知らせ
定義がもたらすプレッシャー
老眼が進んでいる。
それはまさに、目に見えて、老いが進んでいるのだ。
あれだけ視力が良かったのに、
ピント機能が追いつかない。
ブルーベリーをもっとたくさん食べなければ・・・
と言っても視力は戻らない。
ブルーベリーと言えば、アントシアニン。
ブルベリーの中に含まれるアントシアニンが眼精疲労の軽減をサポート!
とよく、一時期は通販で広告されていたものだ。
パソコンと向き合い、ぼやけた文字を見ながら、ふと思った。
ブルーベリー農家さんって、眼がいいのだろうか?
別の見方をすれば、視力が悪いブルーベリー農家さんは気まずいのではないか?
ブルーベリー農家さんのプレッシャーを勝手に想像する。
ブルーベリーは眼にいいのだから、それを作っている農家さんは
眼がいいに決まっている。という定義はプレッシャーになる。
それまで普通に美味しいから作っていたブルベリー。
「眼に良い」と、もてはやされたことによって、視力の悪いブルーベリー生産者は
慌てたかもしれない。
いつからか、メガネからそっとコンタクトに変えた人もいるかもしれない。
つくるばっかりで、食べなかったことを後悔している人もいるかもしれない。

⚫︎⚫︎だから、⚫︎⚫︎が当たり前だ。という
この定義がもたらすプレッシャーはいろいろあるが
その中でも僕が身近に思いつくとこで、この定義プレッシャーを感じながら
生きてきた一番すごい人はこの人だ。
太宰府天満宮の宮司さんだ。
学問の神様を祀る天満宮の宮司さん。
太宰府天満宮の宮司さんは東大を卒業している。
すごいことだ。
「学問の神様の系統であれば、勉強ができるに決まっている」というプレッシャーを受けながら
生きてきたことを想像すると、その苦労は計り知れない。
この定義プレッシャーでいうと、僕も過去に経験はある。
「コピーライターだから、常にうまいことを言わないといけない」
というプレッシャーだ。
若い時はそれが嫌だった。
何かインパクトのあるもの、ひねりがあるもの、他とは違うもの・・・
確かにそうなんだけど、ものによっては、そんなにすぐに出てくるもんじゃないし、
無理にそれを作り出す必要がないケースもある。
なんでもかんでも、言葉をこねくり回すものではない。
このあたりは長くなりそうなので、割愛するが、
いろんな葛藤はあったなぁ。
今はAIがあるおかげで、ずいぶんラクだ。
職業というのは、それに「成る」ことだから、
いろんな人がいろんな中でこの「定義プレッシャー」と葛藤しているのだろう。
ブルーベリー農家さんも老眼になる時は、なるもんだ。
ブルーベリーは、つむちゃんが好きだったなぁ。
