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長野県で不思議発見


今日も長野県の旅の続き。

前回は長野県入りして初日、白馬村での時間を紹介したが、

今回は、2日目の善光寺・安曇野で過ごした出来事を書きたいと思う。

善光寺と聞いて最初に思い出すのは、NHKで大晦日に放送されるゆく年くる年では

ないだろうか?

僕とあきさんにとっては、大晦日の除夜の鐘=善光寺だ。

ずっと前から一度は見てみたいと思っていたお寺だ。

調べてみるとこの善光寺は歴史が深く、様々なミステリーがある。

それではここで少しだけそのミステリーを紹介しよう。

【ミステリーその1】住職ですら実際に見たことがないという「ご本尊の仏像」

これは、いわゆる秘仏というものだ。

善光寺のご本尊である一光三尊阿弥陀如来(仏像)は日本最古のもの。

約1500年前に百済から海を越えて渡ってきた。

しかし、その当時は神道派か?仏教派か?という世の中。

仏教の受容をめぐる争いの中、廃仏派の物部氏によって、その仏像は大阪難波の

堀江に投げすてられたそうだ。

それが約1500年前のこと。

それから、時が経ち、本田善光(よしみつ)により仏像が引き上げられ、

信濃国(長野県)に持ち帰られ、現在の善光寺に仏像を移し、創建されたそうだ。

善光寺の名前の由来は(よしみつ)からきているそうだ。

この日本で最初の仏像は歴代の戦国武将により、その恩恵を受けようと

持ち去られることになる。

しかし、この仏像が持ち去られるたびに、災いが起こるのだ。

武田信玄は甲斐に持ち帰った後に、戦で負けて一族は壊滅寸前に。

織田信長は、本尊を手中にした後に本能寺の変で命を落とす。(生きている説もあるが)

豊臣秀吉は、病にかかる。

これはいけない!この仏像は信濃(長野)に戻すんだ!

ということで徳川家康の指示により、結局今の善光寺に戻ることに。

逆に言えばすごいエネルギーがあると言えるが、

このご本尊は、誰も見たことがないという。絶対秘仏らしい。

今の住職ももちろん見たことがないそうだ。

7年に一度のご開帳の際に見れる仏像も模倣の仏像であり、実際の仏像ではないという。

なので、実は存在していないのでは?

とまで噂されている。

【ミステリーその2】無宗派のお寺であること

善光寺は、仏教の宗派を問わず、誰でも参拝できるお寺だ。

なぜなら、日本に仏教の宗派が生まれる以前に創建されたからだ。

また女人禁制の時代でも女性でも参拝できるお寺として知られ、

世代性別を問わず、みんなを受け入れるお寺として存在している。

善光寺は日本仏教の根源。

百済から海を渡ってきた仏像が、巡り巡って長野県に辿り着いたというのが

不思議な縁だ。

【ミステリーその3】牛に引かれて善光寺参り

昔々、ある老婆が千曲川で洗濯をしておったそうじゃ。

するとどこからともなく牛が現れ、洗濯していた白い布を角に引っ掛けて走り去ったそうな。

老婆は白い布を取り返そうと、その牛を必死に追いかけたそうな。

すると、気がつけば善光寺に辿り着いたそうな。

それ以来、老婆は仏教に対する信仰心が芽生えていったそうな。

という話がある。「牛に引かれて善光寺参り」ということわざがあるらしいが、

「思いがけず、いい結果に導かれること」を意味するそうだ。

少し違うがこれと似た逸話が福岡にもある。

太宰府天満宮の話だ。太宰府天満宮も牛を崇めているが、その理由は

菅原道真公が九州に左遷された際に最後の場所として選んだのが太宰府。

道真公の遺骸を牽いていた牛が、あるところで急に伏せをして動かなくなった。

これはこの地に留まりたいという意志の表れだということで、

その地である太宰府を選んだという話がある。

ちなみに道真公は丑年だそうだ。

一説では、道真公は安曇族の子孫ではないかという話もあるが、

安曇族の始まりは福岡県だとされている。金印で有名な志賀島から始まり、その一族の子孫の

一部は北へ北へと流れ、やがて長野県で身をおき、その地を安曇としたそうだ。

安曇野市にある穂高神社には、福岡と繋がっていることが残されている。

これは偶然と言うべきか・・・・・

さぁ、面白くなってきたぞ。信じるか信じないかはあなた次第です。

とこれまた長くなりそうなので、ミステリーはこのくらいで。

僕たちが行った日はたまたま、月に何度かあるご開帳の時間で

お寺の中に入り、お経を聞きながら、ご開帳を見ることができた。

その後、お戒壇巡りをした。お戒壇巡りとは、ご本尊の真下を通る

真っ暗な地下の通路を手すりを辿って進んでいく修業の道だ。

仏様の胎内巡りとも言われ、この道を通れば生まれ変わることができるとも言われている。

真っ暗な本殿の地下通路を歩くのだが、

とにかく、目の前が全く見えない。目を開けていても真っ暗なのだ。

壁づたいに、手すりを頼りに歩く。

10分くらい暗闇の中を歩いたがとても時間が長く感じた。

もしかすると10分は体感であって、電気がついて普通に歩けば1分でたどり着くくらいの

距離かもしれない。

闇の中から解放されて、表に出た時はまさに生まれ変わる瞬間のようだった。

これもまた不思議な体験だった。

それから僕たちはお昼ご飯のそばを食べて、安曇野にあるわさび農園と穂高神社に向かった。

このあたりの詳しい様子はまた後日、YouTubeで公開します。

それでは、また。次回は上高地の話をしたいと思います。