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「正解」よりも「納得解」

今、このコラムを鹿児島県指宿市の宿泊先から書いている。

久しぶりの連休だ。昨日の夕食で食べたその場で揚げて食べるさつま揚げは最高だった。

なぜ指宿に来ているのかというと、僕とあきさんの結婚20周年を祝うためだ。

早いもので、結婚して20年。

振り返ってみると、本当にいろんなことがあった。

結婚した当時、僕は29歳。

広告制作会社でコピーライター・ディレクターとして働いていた。

家に帰るのは週に2回。

水曜日と土曜日の夜だけ。

それ以外は、ほとんど会社で仕事をしていた。

徹夜なんて当たり前。とにかく忙しく、厳しい毎日だった。

でも、あの頃の僕には目標があった。

早く独立したい。

その一心で、必死に働いていた。

あきさんも当時は旅行会社に勤めていて、お互いに忙しい日々を送っていた。

同じ家に暮らしているのに、顔を合わせるのは週末くらい。

今思えば、なんとも不思議な新婚生活だった。

それから僕は31歳で会社を辞め、独立した。

ありがたいことに、独立してからすぐ、驚くほど仕事に恵まれた。

仕事の依頼が多くて、夜10時から打ち合わせが始まることも珍しくなかったし、

毎日夜中まで仕事をしていた。

会社員時代ほどではなかったものの、相変わらず仕事で家に帰れない生活だった。

そして僕が34歳の頃、あきさんが会社を辞め、専業主婦になった。

そのとき、僕はひとつの覚悟を決めた。

これからは、自分の仕事だけで家族の生活を守っていこう。

それまで吸っていたタバコも、そのときにやめた。

自分なりの決意表明だったのかもしれない。

それから15年以上、個人事業主として仕事を続けてきた。

フリーランスというと、時間にも場所にも縛られない、自由な働き方を想像する人も多いと思う。

でも、僕がやっている広告制作という仕事は、そう簡単ではない。

何かをつくる仕事には、ある意味、逃れられない宿命がある。

今はAIがあるので、そんなことはないが、当時は

自分の手を動かさなければ、仕事は進まない。

手を止めれば、収入も止まる。

休みを取るためには、その前に仕事を片付けなければならないし、休んでいる間も仕事のことが頭から離れない。

旅先にパソコンを持っていったところで、落ち着いてデザインやコピーを考えられるわけでもない。

せっかく旅行に来たのに、仕事をしなければならない。

それは僕にとって、なかなかのストレスだった。

それでも、年齢を重ね、経験を積みながら、少しずつ自分なりの働き方を見つけてきた。

仕事も大切。

でも、自分の時間も、家族との時間も大切にしたい。

そんな当たり前のことを実現するのが、実はとても難しかった。

普通を維持するいうのは、普通のことではできないのだ。

Screenshot

振り返れば、決して順風満帆だったわけではない。

「あのプレゼンで仕事が取れていなかったら、どうなっていただろう」

そんな場面は、一度や二度ではなかった。

結果的にはなんとかなってきたけれど、その時々は必死だった。

先の見えない不安を抱えながら、それでも自分の仕事を信じて、ひとつずつ積み重ねてきた。

だから、今は少しくらい自分を褒めてもいいと思っている。

「よく、ここまでやってきたなぁ」と。

そんな僕が、独立してからずっと大切にしてきた考え方がある。

それは、「正解」よりも「納得解」 ということだ。

世の中には、たくさんの正解がある。

一般的に正しいとされること。

多くの人が選ぶ道。

成功した人が教えてくれる方法。

もちろん、それらは大切な判断材料になる。

でも、それが必ずしも自分にとっての正解とは限らない。

僕が大切にしている「納得解」とは、自分自身が心から納得できる答えのことだ。

たとえ世間一般の正解とは違っていても、自分で考え、自分で選び、その結果を自分で受け止められる答え。

僕は、そんな納得解を大切にしてきた。

独立して仕事をするということは、日々、決断の連続だ。

誰かが答えを用意してくれるわけではない。

仕事を受けるのか、断るのか。

何に挑戦して、何をやめるのか。

どこに時間を使い、何を大切にするのか。

ひとつひとつを、自分で決めていかなければならない。

もちろん、人に相談することもある。

人の意見に助けられることだって、たくさんある。

でも、最後に決めるのは自分だ。

なぜなら、人から教えてもらった正解をそのまま選んで、もしうまくいかなかったら、人間はどうしても誰かのせいにしたくなるからだ。

「あの人が、こう言ったから」

「あのとき、ああしていれば」

そんな後悔をするくらいなら、自分で考えて、自分で納得して決めた方がいい。

たとえ失敗したとしても。

自分で選んだ道なら、その結果も自分で引き受けられる。

そして、失敗したときには「この選択は間違っていたんだ」と、自分の中で納得することができる。

その気づきもまた、ひとつの納得解になる。

僕は、そう思っている。

そもそも、人生の正解なんて、簡単に見つかるものではない。

若い頃に正しいと思っていたことが、今では違って見えることもある。

経験を重ねることで、以前は見えなかったものが見えてくる。

人との出会いや、新しい学びによって、考え方が変わることだってある。

つまり、納得解は、自分の成長とともに変わっていくものなのだ。

そして、その納得解を積み重ねていくうちに、不思議と少しずつ先の景色が見えるようになってきた。

何かを決断するとき、その先にどんなことが起こりそうか。

何がうまくいって、何が難しくなりそうか。

もちろん、すべてを見通せるわけではない。

それでも、これまでの経験が、自分の判断を支えてくれるようになった。

若い頃は、どこかにある正解を探していたような気がする。

でも、今は少し違う。

正解を探すよりも、自分が納得できる答えをつくっていく。

そんな感覚に近い。

人にとっての正解が、自分にとっての正解とは限らない。

大切なのは、自分自身と向き合うこと。

いろんな人に出会い、学び、経験し、ときには失敗しながら、自分なりの答えを見つけていくこと。

そして、その答えに責任を持って生きていくこと。

独立して仕事を続けてきた僕が、今、大切だと思っていることだ。

結婚20周年。

気がつけば、あきさんと一緒に過ごしてきた時間も、ずいぶん長くなった。

あの頃、同じ家に住んでいながら、週末くらいしか顔を合わせられなかった僕たちが、こうして20年後に指宿でのんびり過ごしている。

なんだか不思議な気持ちになる。

独立したことも。

仕事ばかりしていたことも。

あきさんが会社を辞めたことも。

そして、これまで自分で決めてきた、たくさんのことも。

それが正解だったのかどうかは、今でもわからない。

もしかしたら、もっと違う人生もあったのかもしれない。

でも、ひとつだけ言えることがある。

僕は、自分で選んできたこの人生に、今、納得している。

なんとか仕事を続けてこられた。

なんとか家族を養ってこられた。

そして、こうして結婚20周年を一緒に迎えることができた。

それだけで、十分ありがたいことだと思う。

もちろん、これから先も、いろんなことがあるだろう。

うまくいくこともあれば、思いどおりにならないこともあるはずだ。

それでも、これからも自分なりの納得解を見つけながら、生きていきたい。

そんなことを思いながら、今、宿泊先の部屋から海を眺めている。

穏やかな海が、目の前に広がっている。

20年前の僕には、こんな時間が訪れるなんて、想像もできなかっただろう。

人生に正解があるのかはわからない。

でも、こうして海を眺めている今の僕には、これまでの人生が、悪くなかったと思える。

そして、それが今の僕にとっての「納得解」なのだと思う。